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#018 今回の定義は軽率(関根千方)

俳句的生活 投稿日:2018年2月22日 作成者: dvx223272018年3月13日

あらためて考えてみました。毎日新聞のインタビューで有馬さんは、非定型、無季、自由律は「例外」として認めると述べられています。

《俳句界の調整にも時間がかかりました。日本の俳句界には伝統的なものから現代的なもの、型にはまらないものまでありますからね。どこまでを対象とするのか。調整の結果、基本は「五・七・五の有季定型」。しかし、多少の例外として非定型、季語なしや、すでに海外で人気がある種田山頭火や尾崎放哉のような自由律も認めようと。》

これが本当に協議会の考えなのであれば、たしかに俳句の多様性をそこなうものであることは、明らかです。兜太さんの〈彎曲し火傷し爆心地のマラソン〉が「例外」とは冗談も甚だしいと思います。

ただ、有馬さんや協議会の定義がどこまで影響力を持つか、それはまだわかりません。すでに俳句を詠んでいる人たちにとっては、過去の名句や、なにより師匠が最大の指針になっていると思うので、それほど大きな権威とはならないのではないか、という気もしています。

しかし、この定義が海外に向けて発信されることを考えると、やはり問題を感じないわけにはいきません。国内であれば、多様な考えを持つ人たちがいるので、内部で対処できるように思うのですが、外に向けて一つの定義が流通してしまうのは、大きな問題がありそうです。

それから有馬さんの主張を読むと、俳句を定義したくてしているわけではなく、単に「人間と自然との共生」を基本とした俳句に一途なだけのように思えます(だから厄介なのかもしれませんが)。もしかすると、無形文化遺産として登録すべきなのは「俳句」ではなく「季語」なのかもしれません。

余談ですが、俳句は季語を利用することもできますが、季語を利用しない俳句もあります。そう思うと、むしろ、季語が俳句を利用していると考えたほうが、自然です。季語は俳句という器に盛られることで季語となる、と考えるわけです。

いずれにしても、季語ではなく俳句を登録しようとする理由には、経済的な動機があることの証なのかもしれません(もちろん、経済効果を期待してもいいとは思いますが、目的と手段が逆立ちしてしまうのは、やはりおかしいと思います)。

有馬さんが「人間と自然との共生」を基本とした俳句というとき、おそらく気候変動の問題が最大のものではないかと思います。たしかに、多様な季節感を生み出してきた自然を維持したいという気持ちも、私は理解できます。

ただ、自然というとき、人間の外部にある自然だけではなく、人間の内部にある自然にも目を向けなければなりません。戦争や地域紛争の問題も、経済格差や貧困の問題も、そこに目を向けなければならない問題です。

そう考えていくと、今回の定義は軽率なものといわざるを得ないと思います。

以下、参考まで。

↓そこが聞きたい「世界のHAIKU」(有馬朗人氏)
https://mainichi.jp/articles/20170424/ddm/004/070/186000c
↓趣意
国際俳句交流協会
http://www.haiku-hia.com/special/unesco/kinenkouen201704.html
↓一般的な解説
NHK解説委員室
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/700/271409.html
↓世界遺産の理念
日本ユネスコ協会連盟
http://unesco.or.jp/isan/about/

#017 登録は百年後まで保留(本川直子)

俳句的生活 投稿日:2018年2月22日 作成者: dvx223272018年3月13日

「ふたたび俳句の定義の問題」(#016)を拝読。どう評価されてもかまわない、の私であっても一個人の問題ではないのだということにまで思い至らなかった。

「日本語で書かれた伝統的な有季定型で定義することに。」これが問題なので応用などという捉えかたをすることに・・・兜太さんの句、応用なんかじゃないよ!

俳句は自由。基本に季語と575。そして世界平和の一助たること。

 嵐の斜面にて朝刊を読む  直子

#016 ふたたび俳句の定義の問題(長谷川櫂)

俳句的生活 投稿日:2018年2月22日 作成者: KAI2018年3月13日

金子兜太さんが2月20日、亡くなった。98歳。追悼文はけさ(2月22日)の朝日新聞に載っているので、お読みください。そこに引用した金子さんの句、

 青年鹿を愛せり嵐の斜面にて
 彎曲し火傷し爆心地のマラソン

どちらも575の定型ではない。「青年鹿を」の句には「鹿」という秋の季語が入って入るが、季語としては使われていない。しいていえば、夏の青嵐の句である。「彎曲し」の句には季語もない。「爆心地」を原爆忌の小季語とするのは、こじつけである。

ということは金子さんのこれらの句は有季定型を俳句とするという協議会(俳句ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会)の「定義」からはずれ、「俳句の応用」になってしまう。もう一度、朝日新聞(2018年1月15日)を引用すると、

 有馬さんは「申請の際には、日本語で書かれた伝統的な有
 季定型で定義することになるだろう」と話す。そのうえで
 「無季や自由律を排除せず、応用として広い意味での俳句
 と捉える」との考えだ。

俳句世界遺産問題については、これまでさまざまな意見を寄せてもらった。「詠む人はそんなことには縛られない」(#003)、「仮にどんな定義がなされたとしても、俳句はそこを越えていくでしょう」(#014)という意見もあった。

しかし俳句の「定義」は「創作の指針」となるだけでなく「評価の基準」にもなる。評価の基準がおかしければ評価を誤り、誤った評価は俳句の道をゆがめる。

「彎曲し」の句は戦後俳句の世界を切り開いた句であり、「広い意味での俳句」どころか俳句の真ん中にある句である。それを「応用」と片づけてしまのは、やはり定義がおかしいんじゃないか?

#015 なぜ荒川区が参加してるのか(長谷川櫂)

俳句的生活 投稿日:2018年2月20日 作成者: KAI2018年3月13日

俳句世界遺産問題について、さまざまな意見ありがとうございます。関根千方さんの意見(#014)の中に経済効果の問題が書かれているので、それについて。

今年1月15日の朝日新聞によると、協議会のメンバーに東京都荒川区が入っています。なぜ荒川区が参加しているのか。荒川区は俳句、あるいは俳句世界遺産問題とどう関係しているのか。背景に隅田川対岸の足立区との『おくのほそ道』の既述をめぐる利害対立があるのではないか。

『おくのほそ道』にはみちのくへ旅立つ芭蕉と曾良は「千じゆと云(いふ)所にて船をあがれば」と書いてあります。この「千じゆ」が千住大橋の北詰めのいわゆる千住(足立区)であることは誰でもわかります。ところが荒川区は南詰めの南千住(荒川区)であると主張しています。これが横車のごり押しであることは明らかです。

なぜ荒川区がそんなことをするかといえば、『おくのほそ道』のルートに加わることによって、町おこしを狙っているからです。まさに『おくのほそ道』の経済利用です。その荒川区がメンバーになっているということは、協議会は荒川区のごり押しを認めていることになります。

#014 俳句世界遺産の問題について(関根千方)

俳句的生活 投稿日:2018年2月19日 作成者: dvx223272018年3月13日

俳句の世界文化遺産登録については、急がずに良く考えたほうがいい、というのが私の考えです。

否定的な反応もわかるのですが、ユネスコの理念だけを読めば一定の理解はできます。ユネスコ世界遺産の登録基準を見ると、かならずしも現存する/しないに関係がなく、むしろ、生きた文化(伝統、思想、信仰、芸術)の保護を対象にしていることがわかります。なので、決して「遺産」しようというものではありません。

そもそもユネスコ世界遺産はアスワンハイダムの建設によって水没の危機にあったヌビア遺跡を救うことから始まったそうですが、その理念を確認すると、世界には自然災害や紛争、あるいは近代化による環境破壊などによって、失われていく文化や自然があり、それらを将来にわたって守っていこうということです。

俳句という文化は滅びないかもしれないですが、その文化が持続できる自然がなくなってしまえば、ただの空虚な形式になってしまいます。たしかに今世紀、自然環境の保護や生態系の保全は、ますます重要になってくるでしょう。俳句の存亡以前に、そうした危機感を共有することは大切だと思います。

しかし「富士山」のように現実が理念と逆に進んでいるケースがあります。富士山は20年もかけて念願の世界文化遺産登録を果たしたあと、観光客が激増しました。経済効果は年間数十億とも数百億と言われています。ところが、登山者の増加が斜面の崩落の問題を起こし、またゴミの不法投棄が増加して、景観や自然環境を保持がますます叫ばれるという、皮肉な事態に至っています。世界文化遺産の理念どころか、逆に経済的な動機だけが露呈したような状況です。もちろん、こうした状況を放置しているわけではなく、おそらく関係者はさまざまな対策を打ちつつあるのが、実情だと思います。

だから重要なのは、思っていることとやっていることが、ズレないようにすることではないでしょうか。

それから、もう一つ、俳句の世界文化遺産登録の問題とは別に、俳句を定義することの問題があります。

俳句は誰が定義しようと、実際に俳句を詠む人々に受け入られなければ、何の意味もありません。たとえ、「俳句ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会」が俳句を定義したところで、それは絶対ではないし、また変更可能性を含むものと思います。仮に一つの権威になるとしても、当然、反動も起こるはずです。それが新しい運動を起こすかもしれません。

また俳句が先か、定義が先か、といえば、もちろん俳句が先にあります。仮にどんな定義がなされたとしても、俳句はそこを越えていくでしょうし、それを塗り替えていくだけの力があると思います。

坂口安吾が「日本文化私観」で美や文学について言ったように、人が生き続けるために詠まざるをえない必要があるのであれば、俳句はなくならないし、俳句は生きつづけると私は思っています。

#013 俳句と短歌と川柳と(佐々木健一)

俳句的生活 投稿日:2018年2月18日 作成者: dvx223272018年3月13日

俳句の文化遺産登録で三行形式の英語の詩が今よりも紹介され、俳句の言葉の感覚のずれに関する批評や逆に海外の詩で使われる語彙の感覚の輸入が行われやすくなると思われます。

翻訳されることを意識した作句。ルールとして規定されることで俳句の鑑賞と批評は技術点で競われることで、アウラ(ベンヤミン)の喪失および類想類句が今より増えると思われます。一番わかりやすい批評とは実際に作句することだと思うからです。

文語から口語、自由律俳句から英語の三行詩、有季無季問わず、俳句として使ってはいけない言語表現はないということを芸術性とするなら、現在の芸術性は短歌や川柳に、また歌詞などに求められていくのかもしれません。

正岡子規や夏目漱石が俳句を見直しまた文学として確立しようとしたのとは真逆の、誰にでも作れる俳句の形骸化と判断して、別の表現を選択するか、その状況でも詩と詩ならざる作品のぎりぎりの境界を作りつつ広げていくことを試みるのかは、文化遺産登録されていない現在でも変わらないのではないでしょうか。

詩の芸術としての俳句。文化遺産登録によって俳句の作り手が減少するか、広告のコピーライターのように依頼を受けて広告主の希望に合わせた作品を提供する職人になるか、まっとうに芸術家を目指すか、それを決めるのは制度ではなく、作り手だと思います。精進あるのみではないでしょうか。

#012 俳句の無形文化遺産登録に反対(松本邦吉)

俳句的生活 投稿日:2018年2月18日 作成者: dvx223272018年3月13日

遺産への登録は、ごく一部の俳人の「ため」になるかもしれないが、俳句のためにはならない。俳句の滅びの道しか約束しない。
俳句のためにならないのは、俳句が文学であるからである。文学は想像力によりつねに創造されつづける生成可能体(現在進行形)である。原理的に伝統的遺産(過去形)にはなりえないからである。

もう少し言うならば、俳句は〈漂泊〉と〈乞食〉という人間としての根源的自覚をもって作られてきた。そんな生の自覚をもって俳句の歴史は成り立っている。そんな歴史をたどりなおしてみたとき、どうして俳句を「遺産」とみなしうるだろう。

今さらという気もするが、桑原武夫の「第二芸術論」を思い出す。桑原は俳句の実例を挙げて、「これって文学?」と問いかけたわけだが、今回の遺産登録推進問題は、「あれから俳句もずいぶん進歩(近代化)し、立派になったのだから、遺産登録するのはどうか?」いう時代錯誤的な権威的な発想が大本に見え隠れしないか。

この問題の本質は、じつは「今の俳句が文学ってほんと?」と俳人一人ひとりに問い掛けている点にある。それに気づかないとしたら、俳人一人ひとりの怠慢ではないか。

#011 どっちでも構いません(伊藤寛)

俳句的生活 投稿日:2018年2月18日 作成者: dvx223272018年3月13日

権威付けは嫌いですが、あまり深く考えません。どっちでも構いません。後略

#010 俳句の力を信じる(三玉一郎)

俳句的生活 投稿日:2018年2月17日 作成者: dvx223272018年3月13日

俳句の世界文化遺産登録に反対です。

私たちが俳句に取り組むのは、まだ何なのかも分からない俳句を探求する気持ちがあるからです。その気持ちが生まれたのはそれぞれの人がそれぞれの経験によって俳句の力を信じるに足るものだと確信できたからにほかなりません。つまり俳句はそれぞれの人の経験、すなわちこころが土台になっています。

「前代の人が遺した業績」が遺産の、「物事の意味・内容を他と区別できるように、言葉で明確に限定すること」が定義の意味です。ですから、俳句が遺産になった、あるいは定義された時点で私たちの探求の対象たり得る、こころを土台にした俳句ではなくなります。

俳句の存在への危機感が、世界文化遺産登録運動のきっかけかもしれません。しかし、その危機を打破できるのは遺産登録や定義ではなく、よい俳句そのものです。よい俳句はみずから俳句の可能性を大きくします。可能性の大きくなった俳句はある意味でより捉えどころのないものになるかもしれません。これは遺産登録や定義の対極にあります。しかし、その捉えどころのなさこそ俳句の存在する意味であり、その捉えどころのなさに耐えることこそ俳句に取り組む意味ではないでしょうか。私たちは俳句の力を信じるべきです。

捉えどころがないということはある意味で俳句は自由です。しかし自由の使い方はとても難しく、型枠を決められた方が人間は安心できます。これも遺産登録運動のきっかけの一つかもしれません。しかし、その先には俳句の終焉が待っています。ただ一方この自由の使い方を間違えると、取り返しのつかないことになります。それは遺産登録した場合よりもむしろ早く迎える俳句の終焉です。つまり、登録に反対し俳句の自由を守ろうとする私たちには、俳句という自由に責任と節度を持って取り組んでいく覚悟が求められます。

#009 俳句世界遺産は無意味(村松二本)

俳句的生活 投稿日:2018年2月16日 作成者: KAI2018年3月13日

「俳句」を世界遺産に登録したとしても意味はない。

「俳句」をいかように定義したとしても俳句は俳句だ。もしも定義に縛られて行き詰まるような状況が生まれたとしたら、「俳句」ではない何かが新たに生まれるだろう。

そもそも「俳句」という呼称そのものが仮初めなのだ。それを誰かが強引につなぎ止めたとしても、「俳句」と呼ばれるものは、それ自身のエネルギーで生きながらえるに違いない。

仮に「俳句」が世界遺産となれば、これを錦の御旗とばかり周囲がにぎやかになるだろう。しかしそれも遊行柳に観光バスが止まるようなものだ。俳句会館でも建てて俳句まんじゅうを売るぐらいが関の山。後略

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麗けき大福餅のほとりかな     相生垣瓜人

 大福には人を幸せにする力がある。鏡餅の威厳もなく、桜餅の色香があるわけでもないが、白粉をはたいたあの福顔にまみえると、誰でも相好がゆるむだろう。それに大と福、たった二文字の、この命名のすばらしさ。「麗か」は春の季語。
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