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#023 俳句の世界遺産登録とポピュリズム(大山アラン)

俳句的生活 投稿日:2018年3月14日 作成者: dvx223272018年3月14日

長谷川櫂さんの『俳句の誕生』(筑摩書房)をもう読まれた方も多いと思う。本書では近代大衆俳句について書かれている。大衆化(ポピュリズム)という観点から、再び意見を述べさせていただく。

関根千方さんの「問い続けるしかない」(#021)という考えには、解決し難い問い(アポリア)が混ざってしまっている。
俳句を世界遺産のために定義づけることは誤りである。だとするならば「俳句とは何か」と問うことになる。しかし「俳句とは何か」と問うとき、すでに俳句を定義づけているのである。あらかじめ、ぼんやりと俳句を思い浮かべ(措定)、それを批評するということは、錯誤からの出発になってしまう。これはハイデガーが、他者とは何かを問うことが他者を措定してしまうといったのと、同じことである。
私はいっそのこと「俳句とは何か」問い続けることを放棄することを提案する。なぜならその問いは定義にしか向かっていないからである。俳句において問うべきは「この接続詞は効果的か」といったプラクティカルな問いに限られるのではないか。それによって「一般にそう定義されているだけにすぎない」ものを乗り越えることができるのではないか。

長谷川さんが金子兜太さんの「彎曲し火傷し爆心地のマラソン」という句について、これが戦後俳句の「真ん中にある句」とした文章は(#022)、注意して読まなければならない。問題は、何の真ん中にある句なのか、ということである。それは「俳人と呼べる人々」(『俳句の誕生』)の内側である。
ややこしいことに、批評を必要としない俳句を趣味にする人や、批評能力のない俳句講師にとっても「彎曲し」の句は戦後俳句の「真ん中にある句」である。しかしそれは、たかだか戦後の代表句なので自分も無季俳句を詠むことが許されたのだと考えているに過ぎない。これは大衆心理である。彼らが必要としているのは「代表」であり「規範」ではない。「許可」であって「能力」ではない。
この句が前例として戦後俳句の「真ん中にある句」と考えるのは、無季なら何を詠んでも現代俳句的になると考える大衆である。
一方で「俳人と呼べる人々」は「彎曲し」の句をよく批判的にみて、規範にしているので「真ん中にある」。

俳句を定義づけるということは、自分の作った句が定義に適合しているか否か、誰かのチェックを受けるということである。それは個人であるにしろ組織であるにしろ「代表するもの」が出現することである。しかし詩歌は階級を持たない(階級を持てばそれはプロバガンダである)。したがって自らを「代表」することができない。それほどに自由主義である。そこに「代表」が現れるとすれば、その「代表」は詩歌を代表しているのではない。それにも拘らず詩歌は「代表」されなければならず、「代表」は詩人の意識の現れというより、ポエジーに対する支配の権威として君臨しなければならないのである。

俳人にとって俳句世界遺産問題など問題のうちに入らないという意見は、この点を見逃している。『俳句の誕生』に即して言えば、ポピュリズムに退行している。
俳句が遺産登録されれば俳句を「代表するもの」が現れる。代表される人々は俳人や修練者だけではない、国民全体だ。学校の教師が「定義」を鵜呑みにして、あるいはそれをアレンジして子供たちに教える。その子供たちが親になると、こんどは自分の子供に教える。だれもが「彎曲し」の句を応用として覚える。「応用」なのだから、そんな句を作ったりすれば学校では減点される。晴れて俳句は世界遺産となる。
(もっと子供じみたことをいえば、オーストラリアじゃ俳句はつくれませんね)

ではなぜこれほど定義づけに拘らなければならない人々がいるのか。私は#002において、俳句を定義づけることは「存在原理の欠如を埋めようとしている」のと同じだと述べた。もっと具体的に、何の欠如か。
民主主義は代表制である。人々が「王」を殺したのでその欠如を埋めようとしているのが代表制だと『ルイ・ボナパルトのブリュメールの18日』(平凡社、マルクス)の解説で柄谷行人は述べている。
俳句にとってその「王」とは誰か。他でもない、大衆俳句を先導した高浜虚子だ。虚子の欠如を埋めようとする、抑圧されたものの回帰が、俳句世界遺産問題である。
必要なのは、黙って従えばよろしい俳句界のリーダーなのか。自ら考えることを促してくれる師なのか。飯田龍太も加藤楸邨も、俳句界を牽引するようなリーダーにはならなかった。それゆえに近代主義を乗り越えることができたのではないか。

私の考えは俳句から民主主義へと飛躍したが、これは大風呂敷をひろげたことになるのだろうか。私は、俳句世界遺産問題をもっと大げさに考えてもいいと思う。大げさすぎることはないというのが私の考えである。

次の歌仙は「青年鹿を愛せりの巻」

俳句的生活 投稿日:2018年3月14日 作成者: dvx223272018年3月15日

次の「うたたね歌仙」第39巻は「兜太追悼 青年鹿を愛せりの巻」です。第38巻が終わり次第はじめます。 発句は、

青年鹿を愛せり嵐の斜面にて 金子兜太(雑)

参加される方は脇(四季のどれでも)からお送りください。締め切りは19日(月)夜8時。

「うたたね歌仙」はネット投句会員なら誰でも参加できます。無料です。参加希望者は歌仙の「参加申し込み」からあらかじめお申し込みください。途中からの参加はできません。

#022 金子兜太は俳句の「例外」か?(長谷川櫂)

俳句的生活 投稿日:2018年3月13日 作成者: KAI2018年3月13日

金子兜太さんが2月20日、亡くなった。九十八歳。追悼文はけさ(2月22日)の朝日新聞に載っているので、お読みください。そこに引用した金子さんの句、

 青年鹿を愛せり嵐の斜面にて

 彎曲し火傷し爆心地のマラソン

どちらも五七五の定型ではない。「青年鹿を」の句には「鹿」という秋の季語が入って入るが、季語としては使われていない。しいていえば、夏の青嵐の句である。「彎曲し」の句には季語もない。「爆心地」を原爆忌の小季語とするのは、こじつけである。

ということは金子さんのこれらの句は有季定型を俳句とするという協議会(俳句ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会)の「定義」からはずれ、俳句の「応用」になってしまう。もう一度、朝日新聞(2018年1月15日)を引用すると、

 有馬さんは「申請の際には、日本語で書かれた伝統的な有
 
 季定型で定義することになるだろう」と話す。そのうえで
 
 「無季や自由律を排除せず、応用として広い意味での俳句
 
 と捉える」との考えだ。

 有馬さんは毎日新聞のインタビュー(2017年4月24日)では「例外」という言葉を使っている。
 
 調整の結果、基本は「五・七・五の有季定型」。しかし、
 多少の例外として非定型、季語なしや、すでに海外で人気
 がある種田山頭火や尾崎放哉のような自由律も認めようと。

俳句世界遺産問題については、これまでさまざまな意見を寄せてもらった。「詠む人はそんなことには縛られない」、「仮にどんな定義がなされたとしても、俳句はそこを越えていくでしょう」という意見もあった。

しかし俳句の「定義」は「創作の指針」となるだけでなく「評価の基準」にもなる。評価の基準がおかしければ評価を誤り、誤った評価は俳句の道をゆがめる。

「彎曲し」の句は戦後俳句の世界を切り開いた句であり、「広い意味での俳句」どころか俳句の真ん中にある句である。それを「応用」「例外」と片づけてしまのは、この定義はいうまでもなく、やはり定義しようとすること自体がおかしいんじゃないか?(#016を「古志」4月号「俳句自在」用に加筆)

#021 問い続けるしかない(関根千方)

俳句的生活 投稿日:2018年3月7日 作成者: dvx223272018年3月13日

私は、今回「俳句の世界遺産登録」のための定義を軽率と言わざるを得ない(#018)と書きました。それはつまり「俳句の世界遺産登録」を目的に俳句を定義すること自体が軽率なことだという意味です。なので、この文脈で「軽率でない定義とは」と問われれば、それはないと思います。

ただ、そこを離れて、そもそも「軽率でない定義」があるかを考えなければならないのだとしたら、私は少なくとも、俳句の多様性や自由さ、歴史、生成変化を前提とする必要があるだろうと思います。

#001に俳句を定義することは「俳句の生命線を断ち切るも同然の愚行である」とあります。しかし、書籍や雑誌、いたるところで「俳句とは季語を入れた575の定型詩である」という定義が流通しています。それについて、いちいち、軽率だ!間違いだ!という人もいません。

なぜなら、一般にそう定義されているだけにすぎないからです。もしくは、それぞれ個別に定義しているだけにすぎないからです。つまり、それらは普遍的な定義ではないということです。

普遍的な定義とは「俳句とは何か」を問い続けることでしかありえません。この問いを抑圧するような定義は、どんな定義であれ、普遍的であるはずはありません。

古志鎌倉句会 2018年3月4日

俳句的生活 投稿日:2018年3月5日 作成者: fuji2018年3月7日

兼題=飴山忌、席題=薇、雪崩

今回、幸三、梅子さんの句がおもしろかった。

【特選】
花浴びの歌仙に信なかりけり    幸三
薇や恋争へる山二つ        幸三
怖ろしき世に鶯の笛つくる     幸三
ぜんまいや雲のしづくをしたたらせ 梅子
残雪の秩父の山が哭いてゐる    梅子
ふつふつとことば醸せや實の忌   光枝
薇を花のごとくに一束       光枝
兜太逝き鬼もなげくか春の雪    尚子
心までやせてはならじやせ蛙    尚子
そしてまた空を見上げる雛あられ  一郎
花の世に紙いちまいを落し蓋    秀子
涅槃図の母も輝く一人かな     麒麟
初花やびくともせずに風の中    凜柚

【入選】
春疾風友をさらつてしまひけり   順子
うぶすなは春の大雪實の忌     順子
その人の死後梅赤く又白く     麒麟
ひつそりと我を見てゐる椿かな   麒麟
山田洋雛と流れゆきたるか     一郎
今年また次の花待つしじまかな   一郎
寒明けは病明けにも似てうれし   栄順
桜餅怒濤の日々の果てにかな    栄順
突然に鳴き出す孔雀花の寺     のぶ子
三人の句座これたのし初鶯     振昌
青饅や笑ひ話も供養にて      尚子
向き違ふクレーン三基日永し    じろ
陽炎に包まれガラス美術館     伸子
俳諧の手力男逝き朧月       ひろし
飴山忌加賀の今年の雪いかに    光枝
流れゆく泥のうつくし芹洗ふ    宣行
一握の花菜を茹でよ酒にせん    幸三
春炬燵みんな出かけてしまひけり  益美
飴山忌兜太も逝つてしまひけり   英樹

#020 軽率でない定義って?(長谷川櫂)

俳句的生活 投稿日:2018年3月5日 作成者: KAI2018年3月13日

関根千方さんの意見(#018)に「今回の定義は軽率なものといわざるを得ないと思います」とありますが、では、どう定義すれば軽率でないのですか。

ネット投句 2018年2月28日 選句と選評

俳句的生活 投稿日:2018年3月1日 作成者: KAI2018年3月1日

①俳句についての考え方がおかしいと思われる句がたくさん。俳句は記録でも報告でもありません。『俳句の誕生』ご参考に。
②またダメ押しの季語もかなり多い。
③金子兜太の追悼句をいただきましたが、ほとんどアウト。金子さんがどんな人であったか、自分で作品を読んでつかんで。マスコミは真実を伝えません。とくに人のイメージについて。

【特選】
我らみな風に吹かるる吊し雛  04_宮城  長谷川冬虹
根の土の重きを選び苗木買ふ  10_群馬  白石明男
ひるがへりまたひるがへり牡丹雪  11_埼玉  おほずひろし
@牡丹雪、が先か。
はや恋をあきらめてゐる猫のかほ  13_東京  長井亜紀
もの思ふ水輪となりてはるのみづ  14_神奈川  三玉一郎
@となりて、がダメ。この句だけでなく、この作者の俳句の作り方。もの思ふ水輪ひろがる春の水、か。
死すまで推敲せよ眩しめよミモザ  20_長野  柚木紀子
チューリップ炎の束にリボンかけ  21_岐阜  夏井通江
@リボンかけ炎の束のチューリップ?
スーパーに近江の春の蜆かな  26_京都  横山幸子
人間に忘るる力草の餅  27_大阪  澤田美那子
@やや常套。内容というよりスタイルの問題か。
野のかぜにふかれてだれも春の草  38_愛媛  岡崎陽市

4月7日、吉野山で山桜植樹会

俳句的生活 投稿日:2018年3月1日 作成者: KAI2018年3月1日

きごさい(季語と歳時記の会)の山桜植樹会、今年は奈良県吉野山の櫻花壇のご好意により、櫻花壇の前に山桜と紅枝垂れを1本ずつ植樹します。植樹会は4月7日(土)午後3時から、櫻花壇で行います。

『俳句の誕生』完成 言葉以前の世界へ

俳句的生活 投稿日:2018年2月25日 作成者: KAI2018年3月8日

『俳句の誕生』ができました。週明けに筑摩書房から発売にされます。

全体のテーマは「言葉以前の世界へ」。『俳句の宇宙』『古池に蛙は飛びこんだか』につづく3部作の最終巻です。装幀は間村俊一さん。大岡信と菅井汲の詩と絵のコラボレーション《一時間半の遭遇》が表紙カバーです。

目次は次のとおり。

第1章 転換する主体
第2章 切れの深層
第3章 空白の時空
第4章 無の記憶
第5章 新古今的語法
第6章 禅の一撃
第7章 近代俳人、一茶
第8章 古典主義俳句の光芒
第9章 近代大衆俳句を超えて

♯019 俳句の権威化は俳句の対極(藤英樹)

俳句的生活 投稿日:2018年2月24日 作成者: fuji2018年3月13日

一連の議論を聞いていて思ったことを一つ。俳句を権威化しようとする動きが起きるのは、俳句の力が落ちているときです。それは歴史が証明しています。

江戸時代後半、蕪村亡き後、子規が現れるまでの100年、芭蕉が「桃青霊神」「花下大明神」などと神格化されていきました。それを推し進めた俳人たちにも「花の本宗匠」「花下翁」などの尊称が二条家から下されました。何をか言わんやです。

そもそも芭蕉はなんと言ったでしょうか。「予が風雅は夏炉冬扇のごとし。衆にさかひて用る所なし」(『柴門ノ辞』)。芭蕉の風雅は権威化とは対極にあるものだと思います。権威化することは芭蕉の教えを踏みにじることではないでしょうか。

第二次大戦後、桑原武夫の「俳句第二芸術論」に対して、おたおた慌てる俳人もいましたが、そのとき虚子は何と言ったでしょうか。

東日本大震災後を生きるわれわれ俳人がなすべきは、権威などに頼ることではありません。戦争が起きようが、大天災に遭おうが、びくともしない俳句を詠むことでしょう。

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読売新聞「四季」から

麗けき大福餅のほとりかな     相生垣瓜人

 大福には人を幸せにする力がある。鏡餅の威厳もなく、桜餅の色香があるわけでもないが、白粉をはたいたあの福顔にまみえると、誰でも相好がゆるむだろう。それに大と福、たった二文字の、この命名のすばらしさ。「麗か」は春の季語。
『負暄』

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