#023 俳句の世界遺産登録とポピュリズム(大山アラン)
長谷川櫂さんの『俳句の誕生』(筑摩書房)をもう読まれた方も多いと思う。本書では近代大衆俳句について書かれている。大衆化(ポピュリズム)という観点から、再び意見を述べさせていただく。
関根千方さんの「問い続けるしかない」(#021)という考えには、解決し難い問い(アポリア)が混ざってしまっている。
俳句を世界遺産のために定義づけることは誤りである。だとするならば「俳句とは何か」と問うことになる。しかし「俳句とは何か」と問うとき、すでに俳句を定義づけているのである。あらかじめ、ぼんやりと俳句を思い浮かべ(措定)、それを批評するということは、錯誤からの出発になってしまう。これはハイデガーが、他者とは何かを問うことが他者を措定してしまうといったのと、同じことである。
私はいっそのこと「俳句とは何か」問い続けることを放棄することを提案する。なぜならその問いは定義にしか向かっていないからである。俳句において問うべきは「この接続詞は効果的か」といったプラクティカルな問いに限られるのではないか。それによって「一般にそう定義されているだけにすぎない」ものを乗り越えることができるのではないか。
長谷川さんが金子兜太さんの「彎曲し火傷し爆心地のマラソン」という句について、これが戦後俳句の「真ん中にある句」とした文章は(#022)、注意して読まなければならない。問題は、何の真ん中にある句なのか、ということである。それは「俳人と呼べる人々」(『俳句の誕生』)の内側である。
ややこしいことに、批評を必要としない俳句を趣味にする人や、批評能力のない俳句講師にとっても「彎曲し」の句は戦後俳句の「真ん中にある句」である。しかしそれは、たかだか戦後の代表句なので自分も無季俳句を詠むことが許されたのだと考えているに過ぎない。これは大衆心理である。彼らが必要としているのは「代表」であり「規範」ではない。「許可」であって「能力」ではない。
この句が前例として戦後俳句の「真ん中にある句」と考えるのは、無季なら何を詠んでも現代俳句的になると考える大衆である。
一方で「俳人と呼べる人々」は「彎曲し」の句をよく批判的にみて、規範にしているので「真ん中にある」。
俳句を定義づけるということは、自分の作った句が定義に適合しているか否か、誰かのチェックを受けるということである。それは個人であるにしろ組織であるにしろ「代表するもの」が出現することである。しかし詩歌は階級を持たない(階級を持てばそれはプロバガンダである)。したがって自らを「代表」することができない。それほどに自由主義である。そこに「代表」が現れるとすれば、その「代表」は詩歌を代表しているのではない。それにも拘らず詩歌は「代表」されなければならず、「代表」は詩人の意識の現れというより、ポエジーに対する支配の権威として君臨しなければならないのである。
俳人にとって俳句世界遺産問題など問題のうちに入らないという意見は、この点を見逃している。『俳句の誕生』に即して言えば、ポピュリズムに退行している。
俳句が遺産登録されれば俳句を「代表するもの」が現れる。代表される人々は俳人や修練者だけではない、国民全体だ。学校の教師が「定義」を鵜呑みにして、あるいはそれをアレンジして子供たちに教える。その子供たちが親になると、こんどは自分の子供に教える。だれもが「彎曲し」の句を応用として覚える。「応用」なのだから、そんな句を作ったりすれば学校では減点される。晴れて俳句は世界遺産となる。
(もっと子供じみたことをいえば、オーストラリアじゃ俳句はつくれませんね)
ではなぜこれほど定義づけに拘らなければならない人々がいるのか。私は#002において、俳句を定義づけることは「存在原理の欠如を埋めようとしている」のと同じだと述べた。もっと具体的に、何の欠如か。
民主主義は代表制である。人々が「王」を殺したのでその欠如を埋めようとしているのが代表制だと『ルイ・ボナパルトのブリュメールの18日』(平凡社、マルクス)の解説で柄谷行人は述べている。
俳句にとってその「王」とは誰か。他でもない、大衆俳句を先導した高浜虚子だ。虚子の欠如を埋めようとする、抑圧されたものの回帰が、俳句世界遺産問題である。
必要なのは、黙って従えばよろしい俳句界のリーダーなのか。自ら考えることを促してくれる師なのか。飯田龍太も加藤楸邨も、俳句界を牽引するようなリーダーにはならなかった。それゆえに近代主義を乗り越えることができたのではないか。
私の考えは俳句から民主主義へと飛躍したが、これは大風呂敷をひろげたことになるのだろうか。私は、俳句世界遺産問題をもっと大げさに考えてもいいと思う。大げさすぎることはないというのが私の考えである。
