飢餓の記憶 「古志」7月号から
岩手、宮城、福島で開いている「みちのく句会」。今年からペースを上げて一月おきに出かけているが、最近しだいに調子が出てきた。調子が出てきた、というのは句会の進め方などではなく、参加者の俳句のことである。以前は型どおりの句が目についたが、このごろはその人らしさ、その先に「みちのく」という土地の風貌が透けてみえる句が並ぶようになった。
五月は白河の関の近く南湖の翠楽苑であった。
水の飯産土の物語せん 和子
蟻の道地球の一部いつも飢餓
「水の飯」とは水飯のこと。お茶漬けのお茶の代わりに冷たい水をかけて食べるご飯。歳時記は夏の食欲減退期のさっぱりした食べ方などと解説しているが、「産土の物語せん」とおいたことによって、かつて困難な暮らしを営んできたこの土地の長く分厚い歴史に触れる句になった。
蟻の道からいきなり地球上のどこかで今も起きている飢餓に想像が及ぶのも、この土地の人の感性ではないか。
みちのくの母となりけり粽結ふ 稔子
この句の「みちのくの母」もこの厳しい土地で子を産み、育ててきた逞しくも哀しい母なのである。
更地とは片陰もなくなりしこと 十悟
制服を透ける屍衣更 翠
ゲストとして参加された長瀬十悟さんの句。東日本大震災の被災地、片陰さえないとは哀しい。
同じくゲストの照井翠さんの句。津波で落命した子どもに衣更えさせてやりたかったというのだ。
みちのくの山百文の青芒 春男
白河以北一山百文。幕末の薩長軍がこの土地をそう嘲った。その侮蔑さえ柔らかく受け止めて一句にした。
梨の木にラヂオ聞かせて受粉かな 主明
「梨の木にラヂオを掛けて」ならよくある句。木もラジオを聞く国なのだ、みちのくは。(「古志」2018年7月号「俳句自在」)
