名句暗誦のための「折々のうた」 「古志」2019年12月から
大岡信の『「折々のうた」選』俳句一(岩波新書、長谷川櫂編)ができあがった。大信が朝日新聞に連載し、岩波新書十九冊に収録された「折々のうた」から俳句だけ六百句を選んで二冊にまとめたものである。今月十二月には俳句二もできあがる。
この二冊をなぜ作ったかといえば、俳句の誕生から現代までの名句のアンソロジーが今までなかったからである。そのため、俳句の勉強には名句の暗誦が欠かせないとわかっていても、暗誦すべき本がなかった。
俳句を学ぶにはどの本を読めばいいか。入門書はほとんどハウツーものであるし、そんな本をいくら読んでも残念ながら規則でがんじがらめにされて頭が金縛りになるだけのことである。俳句の理解にも上達にもまったく役立たない。そんなわけで長年、暗誦するにふさわしい名句のアンソロジーはできないものか考えていた。
そこでこの本の読み方は、まず二冊をいつも手もとにおいて収録されている句を何度も音読し、百人一首のようにすらすらと唱えられるまで覚えてしまう。どの句にも大岡の優れた解説が添えてあるが、まずは飛ばしていい。作者はどういう人か、大岡はどう鑑賞しているか、気になったら読んでみればいい。
そうして名句の肌触り、日本語の風合いを理屈ではなく直感で身につけたい。年をとってから俳句をはじめた人は老い先短いものだから、手っ取り早く上達したいと焦るが、結局は地道な努力こそ最短の近道。名句を暗誦して若き日の怠りを取り戻したい。
ではネット投句(十一月十五日)の特選から。
【特選】
擂粉木に精魂込めてとろろ汁 湯浅菊子
引きずられ千歳飴そも痛からん 湯浅菊子
柴又に晴れ着ちらほら七五三 遠藤初惠
連山に大きなる秋横たはる 大島一馬
・連山は大いなる秋
茹で上げし秋の田螺に子が三つ 金田伸一
四、五本の柳散りけり吾が心 青沼尾燈子
・一本の
命日がきて今年また冬に入る 内山薫
歌仙絵や再び集ふ神の旅 澤田美那子
小春日や無くなりそうな母の肩 齊藤遼風
花柄の帽子楽しき木の葉髪 曽根崇
顔見れば言葉出で来ず火事見舞 川辺酸模
山茶花や千の願ひの蕾もて 竹中南行
(「古志」2019年12月号「俳句自在」を転載)