木下洋子 says:2012年2月28日 at 6:16 PM
長谷川櫂著『一億人の「切れ」入門』(角川学芸出版)を読んだ。気づく事が多々あり、満ち足りた気分でいる。俳句雑誌の連載で少しずつ読む楽しさとはまた違う「全貌を一気に」の面白さである。「切れとは何か」に始まり「切れの基本」に入ってゆく。冒頭、「俳句の選をしていると、形はきちんとできているのにつまらない句にしばしば出会います。(中略)では、なぜ形ばかりの句が大量に詠まれつづけるのか。それには俳句を教える側と習う側の双方に問題があります。」と現状に対する問題提起。「なぜ俳句の約束があるのか」「定型や季語や切れがなぜ俳句にとって大事なのか」の理由をきちんと教え、理解することが伝えたいことを伝え、俳句の約束に縛られることなく自由自在な句を詠むことにつながるということがよく理解できた。私は、この本の「俳句は前後で切れる」の章に心ひかれた。芭蕉は『おくのほそ道』の中で俳句を詠んでいるが「散文の心(日常の心)」から「韻文の心(俳句の心)」への切り替わりが、俳句の前後の切れを生み出している、さらには「もっとも根源的な切れ」として『万葉集』の長歌、能のシテとワキの語りと謡が「日常の言葉」「非日常の言葉」として前後で切れているという詩歌に共通する「切れ」の指摘に気づく事があった。能、狂言に俳句と通じるわくわく感を感じていたのだが、今までそれをうまく表現できなかった。「切れ」は「間」を生む。「心のスイッチ」が切り替わる楽しさと、それによって生まれる間にわくわくしていたのだ。
「名句の切れ」では、(涼しさのかたまりなれやよはの月)(ふくろふに真紅の手毬つかれをり)などの名句を挙げ、いろいろな角度から書かれていて読み応えがある。あとがきには、この『一億人の切れ入門』が『一億人の俳句入門』(講談社)『一億人の季語入門』(角川学芸出版)とともに俳句入門三部作であると書いてある。それに加え『句会入門』(講談社現代新書)『決定版 一億人の俳句入門』(講談社現代新書)の五冊について長谷川櫂は、「私が俳句入門として書きたいと思ったことは、この五冊でほぼ尽きている。今後は新たなテーマが出てこないかぎり入門書は書かないだろう。」と述べている。それだけの思いのこもった本である。
