双子のライオン堂だより(3)
*『向井豊昭の闘争: 異種混交性(ハイブリディディ)の世界文学 』著:岡和田晃/未来社
向井豊昭という作家の存在を知らなかった。本書をきっかけに、出会うことが出来て良かった。
1933年に東京で生まれ、青森で育ち、北海道で教師生活をした後に、東京へ「逃亡」。中央文壇デビューは1995年、六十二歳のときだった。その後、三冊の商業出版と無数の雑誌掲載作、その他同人誌や手書き原稿を多数遺して2008年に死去。向井は「<アイヌ>の出自ではないにもかかわらず、<アイヌ>問題をみずからの核となるモチーフとして内に抱きながら、創作活動を続け」、「原稿は埋もれたままに放置され、いまだ、その文業には確かな評価が与えられていない」一風変わった “不遇の作家”である。
本書は、そんな向井豊昭という「忘れられた作家」について、文芸評論家 岡和田晃によってその真価を問い直す挑戦的評伝である。作家の遺した膨大な資料を、丁寧に拾い集め、吟味し、それらと対峙した結果生み出された。これは単なる評伝作成を超えた「『先人の魂の破片』を接合する行為」と言える。
冒頭に掲げられた「『怒り』の力を取り戻すこと」という力強い宣言に惹かれ一気に読んだ。本書から立ち上る熱い意志は、「怒り」を忘れた現状に不満を抱きつつも身動き取れないでいる我々への文学(向井)からの檄である。
著者が編集した本書の姉妹編『向井豊昭傑作集 飛ぶくしゃみ』も併せて読んで欲しい。
現代文学に、閉塞感を感じている読者にぜひ手にとってもらいたい本である。
*『文盲:アゴタ・クリストフ自伝』著:アゴタ・クリストフ、訳:堀 茂樹/白水社
「文盲」というタイトルが衝撃的だった。彼有名な『悪童日記』を書いた作家による自伝の題名に「読み書きができない」という意味の言葉が使われていたからである。
著者は、1935年ハンガリーに生まれ、1956年ハンガリー動乱の折に、難民としてスイスに亡命する。フランス語圏内で生活する上で、「敵語」であるフランス語を習得していく。そして、その「敵語」で小説を書くことになる。本書は、その苦難と葛藤を描いたアゴタ・クリストフの自伝である。
著書は4歳から身近にあった本を片端から読むほどであったが、スイスに亡命したことで、母語を喪失する。これがタイトルの由来である。そして、そこから「敵語」を習得することで希望を見出すも、一方でアイディンティティをじわじわと殺されている感覚に陥ってもいく。
きわめて劇的な内容なのだが、本文はいたって冷静である。ゆえに、まじりっけなしの苦しみや痛みがストレートにこちらに伝わってくる。「言語」と正面から向き会いざるを得なかった著者だからこその行き着いた境地なのだろう。
この本を読み終わった後、『ドストエフスキーと愛に生きる』という映画を思い出した。ロシア文学のドイツ語翻訳者スヴェトラーナ・ガイヤーという人物を追ったドキュメンタリーだ。彼女もまた歴史の動乱に巻き込まれながらも「敵語」を習得することで救われた人物である。
普段、無頓着に接している「母語」を手放なさないために平和であることを願う一冊。(武田信弥)