飛岡光枝 says: 2014年4月16日 at 10:20 AM

句集『吉野』を読む 飛岡光枝
今年の吉野山の花見句会は4月13日、14日に行われた。出版されたばかりの句集『吉野』(長谷川櫂著 青磁社刊)を携えて花の吉野山へ向かった。文庫本サイズの水色の句集はじつに軽やかで、旅を共にするにふさわしい。
『吉野』は著者が長年にわたり折々訪れた二つの宿の句集である。その一つは、吉野山の宿「櫻花壇」。
一望の花に浮かぶや大広間
「櫻花壇」はいわゆる「吉野建」で、その大広間から臨む桜の山はすばらしい。今年の句会はこの宿がある中千本から上千本までが花盛りで、散り初めた花びらが風に踊っていた。
花びらの空に遊びて降りて来ず
青空をひるがへり飛ぶ落花かな
この座敷はその広さゆえに、夜になると花冷えというにふさわしい冷たさになる。著者は花見句会の後、しばしばこの広間でひとり眠った。
花の上に寝るここちすれ吉野建
百畳の間の一畳に朝寝かな
吉野といえば、西行。遊行の僧が庵を結んだ「西行庵」は、吉野山で最後に花の盛りを迎える奥千本にある。
西行の庵はいづこ花の雲
おもかげのごとくに花の庵あり
名高い吉野葛を使った桜菓子や、春の山の香りの草餅、桜餅も毎年訪れる旅人を楽しませてくれる。
打ち出だす花や莟や桜菓子
草餅の並ぶがごとく山と山
宿の前には、著者が数年前に植えた一本の若い枝垂桜がある。「幸の桜」と名付けられたこの桜は、今年はすでに花を終えようとしていた。萌え初めた緑の葉を従えて、ゆったりと垂れた枝の先に名残の花が二つ三つ。
幾歳か枝垂れそめたる桜かな
句集『吉野』に登場するもう一つの宿は、静岡県の伊豆山にある「蓬莱」である。
蓬莱や夏は大きな濤の音
この宿に月に一度は訪れていた著者の句は、春夏秋冬じつに自由闊達である。この宿が著者を心からくつろがせていたことがうかがえる。
よきかほの鶯笛をえらびけり
ごつとある富士こそよけれ更衣
白桃や海で溺れし話せん
星屑も月のかけらも煮凝れる
特に新年の句は、あらたまの年を迎える喜びにあふれており心惹かれる。
けさ海の打ち上げしもの懸蓬莱
よき人のよき音をたて初湯かな
一年の花の初めや花びら餅
「蓬莱」という宿はまた、著者を時空を超えた旅に誘う力があった。
いつかまた少年の我菖蒲湯に
我すでにそこにはあらず籠枕
若き日に埋めたる火を忘れけり
「場の力」ということがある。句集『吉野』は、二つの宿と著者の幸せな出会いの結晶である。伊豆の春の海の色をしたこの句集と、次は伊豆山への旅に出たいと思う。
さりがたき別れに似たり花の酒 (蓬莱)
そののちの我らはしらず桜かな (櫻花壇)
