木下洋子 says:2012年3月17日 at 11:14 PM
◆俳句の質問 005
春の雪青菜をゆでてゐたる間も 細見綾子
まぼろしの白き船ゆく牡丹雪 高柳重信
淡雪やかりそめにさす女傘 日野草城
「春の雪」「牡丹雪」「淡雪」はともに春になってから降る雪のことですが、どのように使い分ければよいのでしょうか。
返信
kai says:
2012年3月18日 at 10:58 AM (Edit)
【回答】
この質問にはいくつか答えなければならないことがあります。まず、たしかに「春の雪」「牡丹雪」「淡雪」はどれも意味としては春に降る雪(立春以降に降る雪)のことです。しかしながら言葉の風味がそれぞれ異なります。俳句においては言葉の意味より風味のほうがはるかに大事です。
意味としては同じような言葉でも風味を味わい分けながら詠まなくては俳句は成立しません。一方、俳句を鑑賞する場合も、この風味の違いがわかっていないといけません。たとえば、
春の雪青菜をゆでてゐたる間も 細見綾子
この句は「淡雪や」でも「牡丹雪」でもだめで「春の雪」でないと成り立ちません。また、
淡雪やかりそめにさす女傘 日野草城
この句は「春の雪」「牡丹雪」では句が成り立ちません。
このような言葉の風味の違いがわからないと、人の俳句を鑑賞することも自分で俳句をつくることもできません。その言葉の風味の違いは食べ物の味と同じで人に教えてもらうものではなく、自分でわからなければならない。
これでおわかりかもしれませんが、もうひとつ大事なことは、質問にある「どのように使い分ければよいか」というような一律の原則などないということです。俳句は人間と同じように生き物ですから、ここでどの言葉を使うべきかはその句しだいです。
言葉の風味の問題にかぎらず「これを知ればすべて解決できる」というような原則など俳句にはありません。もしそういうものがあると思っているのなら、その幻想を捨てるところからはじめてください。
