(一句に学ぶ)002
良夜かな赤子の寝息麩のごとく 飯田龍太
昭和五十年に立風書房より出版された作者の第八句集『今昔』所収の一句です。小さな寝息を立てて眠る赤ん坊の姿に寄せて、十五夜の安らかな世界を描いています。
この句の眼目は「麩のごとく」という比喩にあります。赤子の寝息が麩のようだとは、なんと新鮮で驚きに満ちた例えでしょう。
比喩を用いた句は数多くあります。その中には、物や事柄を何かに例えると、それだけでなんとなく詩的な印象を生みだすからといった安直な句も多いのではないでしょうか。
俳句の比喩はまず、当たり前ではいけません。揚句の「赤子の寝息」を、穏やかな繰り返しのリズムに着目して、波や風に関する語で例えたらどうでしょうか。「麩のごとく」の効果に遠く及ばないばかりか、ややもすると、慣用句(例えば『光陰矢のごとし』)のようなよくある表現に留まってしまうのではないでしょうか。
この句のように、読んだ人が驚きを感じながら、なるほどと頷くような比喩でなくてはいけません。
さて、そのような比喩はどのようにしたら生まれるのでしょうか。それは、俳句を詠むうえでの基本中の基本、物事をよく見ることから始まります。物事をよく見て描くことを心がけていくと、そのものの本質に行き当たります。そして、それのどこに自分が感動したのかが見えてきます。そこから生まれた比喩こそが、読んだ人に感動を与えるものになりえるのです。
もう一つ、掲句には作句の大きなヒントがあります。この句は「良夜かな」と「赤子の寝息麩のごとく」の取り合わせでできています。中七下五の比喩がいくらすばらしいからといって、どの季語にでも合うということではないのは言うまでもありません。「良夜」という季語によってこの比喩は最大限に活かされて、一句の心安らかな世界を醸し出しているのです。

◆俳句の質問 003
われもまたそつと加はる夜釣かな 信
似あふ似あはぬ問はぬ夏帽 玩亭
車やる広野はるかに風立ちて 乙三
歌仙に参加するようになってまだ一年足らずですが、長句と短句の駆け引きがとても楽しい。掲げた3句は大岡信さん、丸谷才一さん(玩亭)、岡野弘彦さん(乙三)が巻いた「夜釣の巻」(『歌仙の愉しみ』岩波新書)の発句と脇と第三です。俳句は発句(長句575)から誕生したわけですが、短句77もここちよいリズムがあり、こちらはこちらで単独で発展していってもいいのではと思っていますが、そういったことはないのでしょうか。