新宮、冬の波の巻 「古志」2020年3月号から
朝四時に起きて新幹線で名古屋へ。紀勢線の特急南紀に乗り換えて三時間半。新宮ははるかな町である。わが家から日本でいちばん遠い町ではなかろうか。
去年(二〇一九年)十一月最後の日曜日、新宮で公開歌仙の会があった。佐藤春夫記念館の辻本雄一館長の招きで、辻原登さん、永田和宏さん、私の三人で巻いた歌仙「新宮、冬の波の巻」をこの町の熱心な人々の前で披露した。この日のために一秋かけて完成させたものである。
南紀号の左手にときおり現れる熊野灘の白波を眺めながら昼過ぎに新宮駅に到着すると、鰻屋の鹿六へ。東京の柔らかな蒲焼と違って、からりと焼いて短く切った蒲焼の乗った鰻重を平らげて会場のホテルへ。そこで歌仙を三人で大きな和紙に墨書してから会がはじまった。
新宮は大逆事件の犠牲者となる善良な市民を描いた辻原さんの小説『許されざる者』の舞台である。そのせいか、それとも家からあまりに遠出したからか、記憶の中の町にいるような不思議な感覚につきまとわれた。
会が終わると、私は翌日、用があったので夕方の最終電車で帰路についた。新宮滞在六時間。駅と会場の往復は車だったから新宮の土を一歩も踏まずに帰ったことになる。(「古志」3月号「俳句自在」を転載)
古志新潟雪中句会から。
大空に鷹を待ちゐる一樹あり 善子
この里を鷹守りゐる巌かな 善子
雪国の雪なき春を恐れけり 善子
餅腹の重き体を初泳ぎ 善子
白鳥の花のごとくに流れ来る 善子
佐保姫の腰のくびれて笹団子 善子
白鳥の羽根激流にのまれゆく 光枝
われ容れてほの紅の枯木山 光枝
桜炭暗き炎を上げにけり 光枝
寒芹や根を茫茫と水の中 光枝
雪嶺に真白き炎立ちにけり 遊歩
寒鯉のにはかに動く閑けさよ 遊歩
冬麗の臼挽きこぼす光かな 遊歩
少年の我なつかしや雪女郎 英樹
なにもかも吊る雪国の梁ぞ 英樹
雪国のしみじみ暮れて大藁屋 英樹
八木鼻の崖の哭く夜は虎落笛 松太
大根につまづくことも冬籠 松太
白鳥の茜に染まる寒さかな 松太
あかあかと氷の下に寒の鯉 りえこ
寒の水で締めて下田の手打そば 美津子