生涯にまはり燈籠の句一つ 高野素十
ある人への追悼句。訃報を聞いて、故人にまわり燈籠のいい句があったのを思い出した。まわり燈籠は走馬灯ともいう。蝋燭の上昇気流で影絵が影絵を追って回る。その人の生涯のある夜の暗がりでまわり燈籠が一つゆっくり回っている。『初鴉』
生涯にまはり燈籠の句一つ 高野素十
ある人への追悼句。訃報を聞いて、故人にまわり燈籠のいい句があったのを思い出した。まわり燈籠は走馬灯ともいう。蝋燭の上昇気流で影絵が影絵を追って回る。その人の生涯のある夜の暗がりでまわり燈籠が一つゆっくり回っている。『初鴉』
夏痩もねがひの中のひとつなり 如真
夏痩でもいいからほっそりとなりたいのが女心。現代風俗かと早合点しそうだが、芭蕉七部集のひとつ「続猿蓑」にある。夏痩で面やつれした女性が「恋の病じゃないの」なんて、からかわれていたりするのも、夏の終わりらしい風情。『続猿蓑』
口なしの淋しう咲けり水のうへ 青蘿
水の上に伸びた枝に梔子の白い花が開いた。青蘿は蕪村の一世代あとの人。姫路藩士だったが、身持ち不慎のゆえに二十代で藩を追われ、頭を丸めて俳諧師となった。生まれつきの腕白者が見つけた梔子の淋しさ、と知れば味わい深い。『青蘿発句集』
神田川祭の中をながれけり 久保田万太郎
東京のかつての中心神田の町を横に流れる神田川は柳橋で隅田川に合流する。柳橋は花街のあったところである。句は近く榊神社の夏祭り。万太郎は隣の浅草で生まれた。子どものころの思い出の中から聞こえる遠い昔の祭りのざわめき。『道芝』
子育ての大声同志行々子 加藤楸邨
誰が名づけたか、行々子(仰々子)とは葭切のことである。うるさいくらいよく鳴くのでこの名を賜った。句は、わが家もあの家も子育て最中で葭切の親子のように賑やかというのだろう。育児に追われてつい大声になるのは人も鳥も同じ。『怒濤』
若竹や竹より出でて青き事 北枝
初夏に生えた筍は日に日に伸びて、やがて若竹となる。古い竹に交じって、薮のあちこちに若竹がすいすいと立っているのだろう。視野を縦に切るみずみずしい緑の幹。「青は藍より出でて藍より青し」という荀子の言葉を下敷きにした。『草苅笛』
鵜とゝもにこゝろは水をくゞり行 鬼貫
「鵜飼」と前書がある。水に潜っては鮎を追う鵜を眺めるうち、自分も水中を自在に泳ぎまわっているような気がしてきた。敏捷な鵜の動きも作者の心の躍動も描き出す。「とゝ」「こゝ」「くゞ」という音の繰り返しが軽快なリズムを刻む。『鬼貫句選』
くちびるのあけの珠実の桜桃に山霧の降るころかとおもふ 河野愛子
思い出の中からいつかどこかで見た桜ん坊畑が浮かび上がる。山霧に濡れる朱い実が艶やか。「くちびるの」は「唇のように」の意味だが、生身の唇が時の彼方の桜ん坊に触れ、霧に濡れるかのような肉感がある。『光の中に』
越後屋に衣さく音や更衣 其角
越後屋は日本橋駿河町にあった呉服屋。常識を破った現金払いの店頭売りで大繁盛した。三越百貨店の前身である。その越後屋の店先で更衣を前に夏物の布地を裁つ音が涼しげに響く。昔も今も江戸を詠んで其角の右に出る人はいない。『浮世の北』
早鞆の風に口あけ燕の子 飴山 實
関門海峡の瀬戸内側の入口が早鞆の瀬戸である。潮流が速く、昔から難所として舟人に恐れられた。壇之浦の合戦の舞台として知られる。海風の中、燕の雛たちは大きな口を開けて親鳥に餌をねだる。「早鞆の風」というと風も勢いがいい。『花浴び』