【相談】
太陽を意味する漢字に「日」と「陽」がありますが、俳句ではほとんど前者の「日」が使われています。「陽」は使わないほうがいいのでしょうか。

【回答】
日本語にはもともと言葉を書き記す文字がありませんでした。いいかえれば、この時代の日本語は声だけの言葉だったのです。のちに中国から漢字が伝わり、この漢字で日本語、いわゆる「大和言葉」を表記するようになりました。これが「万葉仮名」です。この万葉仮名のいくつかが簡略化されて、ひらがなとカタカナが生れました。

ここからわかることは、大和言葉を表記する漢字(訓読みする漢字)はすべて当て字であるということです。今でこそ、どの言葉にどの漢字を当てるかはだいたい決まっていますが、戦前までは書き手の見識とセンスによって、自由に当て字が行われていました。夏目漱石の小説を読めばわかるとおりです。

ご相談の「日」と「陽」はどちらも太陽を表わす大和言葉「ひ」に当てる漢字ですが、若干意味が異なります。「日」は天体の太陽そのものをはじめ、太陽の光、太陽の照らす一日など、太陽に関するすべてに使います。これに対して「陽」は太陽の光に限定して使います。

俳句では春の日(春の太陽、春の一日)、夏の日、秋の日、冬の日というようにおもに「日」を使います。また太陽の光を意味する場合でも「日差し」「木もれ日」のように「陽」ではなく「日」を使います。もちろん「陽差し」「木もれ陽」と書いてもいいのですが、あまりそうしません。それには大きな理由があって、「陽」よりも「日」のほうがシンプルだからです。よりシンプルなものを選ぶ、これが俳句にかぎらず、日本文化の重要な選択基準です。