西川遊歩 says:2012年3月23日 at 4:58 PM
長谷川櫂著『海の細道』(中央公論社刊)書評
永遠の旅人、芭蕉が夢見ていた西国への旅
『海の細道』は、芭蕉が心に描き、果たせなかった「西国への旅の夢」を辿った本である。
俳人、長谷川櫂に初めて会った日のことを、私は鮮明におぼえている。「『おくのほそ道』のようにその場の雰囲気が伝わるような俳句が、本文の中に置かれている形式の紀行文を今の時代で書ける人がいないだろうか、と思っている。長谷川さんがいつか・・・」と、言った瞬間に「芭蕉は西国へは旅をしていませんよね」俳人はつぶやいたのだ。1990年代の中頃のことである。
長い年月を経て、その構想は実現する。まずルートをどう設定するか。芭蕉の弟子の桃燐の記述によれば、旅の最終目的地は長崎をイメージしていたようだ。だが、著者は芭蕉が現代の人であったなら、必ずや中国大陸へ渡っていただろうと確信しルートを広げる。芭蕉が眠る琵琶湖のほとりから、あこがれの詩人、杜甫が死んだ湘江までを一本の巨大な水路でつながっていると捉え、芭蕉の夢は長谷川櫂のはるかなる『海の細道』としてスタートした。
芭蕉さんだったらどのような場所を訪れたいかを想像し、今を生きる著者の旅心を駆り立てる土地を選択しながら、『海の細道』は形作られていった。初出の原稿は、読売新聞の夕刊の一面に、一回分約700字という限られたスペースの中で書かれたものである。削ぎ落とされた簡潔な文章で、一目的地、一回で完結していく。次の訪問地は何処か、の楽しみとそのデスティネーションがどう描かれるかという、目の付け所がこの本の醍醐味である。
旅人は旅先で風景に向かいつつ、時空を越えてその場にふさわしい古人の世界を思い浮かべることが多かったようだ。呼び寄せられた人物の物語は、詩歌やエピソードで語られてゆく。随所に引用される詩歌のもつイメージのひろがりと力は、本を閉じるとき改めて感じるはずだ。また、海の細道沿いには、源平盛衰記の戦いの海ばかりでなく、原爆が落とされた広島、長崎があり、沖縄やかの国の旅の記述にも戦争と平和への思いが強く語られる。 海外の旅では、『李陸史詩集』をみちしるべとして歩いたという韓国の旅が興味深い。「わがふるさとの七月は たわゝの房の青葡萄」にはじまる十二行詩を軸に展開する韓の国の物語が心に残っている。
而して旅はゴールすることになるが、作品としての『海の細道』は著者の手を離れてのひとり旅がこれから始まる。芭蕉翁の夢を引き継いだこの本が、多くの人に読み継がれ、語り合われることを願っている。その土地の空気が伝わるような長谷川櫂の俳句も土地ごとに楽しめる。待ち望まれた紀行文学の誕生かもしれない。
